anxiety-終符-



 いつの間にか私はまどろみの中にいた。
今いるこのまどろみは私の世界。ここに居るのは当然で疑問も何もない、最も心地の良い世界。
この世界では外の世界に関心を持つことなんてできない。
心地のいい世界。豪華な家や豪勢な食事、多くの愛する人々と名声。そんなものは存在しない。もちろんその対もない。
何も無いということすら認識できないこの世界は完全な無の世界。
何も無いが故に絶対の安静が約束された場所。この世界から自発的に抜け出すことは実質不可能。

「ん・・・・・・。」
意識が朦朧としている。私はまだ実感の持てない世界に戻ってきた。
誰も居ない暗い部屋、私の体の上には布団が掛けられていた。
何時の間に私は寝てしまったのだろう・・。
こうなる経緯を真っ暗な闇の中、手探りで探し物をするように私は記憶を探り手繰り寄せていく・・。
徐々に思い起こされる記憶は私の心身をじわじわと悪寒で蝕んでいく。
そうだ・・。私は失ってしまった・・。気が付くと私の目尻には既に涙が流れていた。
できることなら受け入れたくない。
そんな彼女に追い討ちを掛けるように現実を突き出される。
私が今寝ている布団。これは私が妹紅を寝かせていた布団だった。
「やだ・・。」
受け入れたくない。
目が闇に慣れてくる。この部屋は寺小屋の一室。
「いや・・。」
これらの現実が語るのは――。
受け入れたくない・・。
 そう時間は掛からず、すぐに現実の否定という行為は失敗に終わった。
非情な現実に対し抗い逃れるように、私は掛けられた布団を顔まで持ち上げると思いっきり泣いた。何かに訴えかけるように。
「もっと私が強ければ・・。」「輝夜達が来なければ・・。」
こう思っても仕方ないはずなのに、何故か彼女はそう思うに至らなかった。
「妹紅・・妹紅――。」
初めて出会ったその日から数えられない妹紅との時間。
失ってしまった日々が、妹紅と共にした時間が私の中から次々と思い起こされていく。その度に私は声を出しながら涙を流した。
「慧・・音・・?」


 今から1週間前のことだった。
私は寺小屋の子供に看病してもらっていた。
 当初、いつの間にか知らない部屋で寝かせられていたのに驚いたが子供らが部屋に入り慧音を捜していることを話した。
それを聞き、慧音が話していた寺小屋なのだろうと察した。
慧音を探している時に、苦しんでいる私を見つけた子供等が様々な手を尽くしてくれた。
初対面である私に対して作った粥を食べさせてくれたりと、とても子供とは思えない頼りがいのある行動だった。
私は人でありながらにして、その実化け物だというのに――。
「お姉ちゃん、何で泣いてるの?」
私は何故かいつの間にか泣いていた。
「も、もしかして美味しくなかった?!」
「あ・・いやっ・・これは――。」
 遠い昔。人と接する事を止めたとき、私は既に人を好きではなかった。
誰一人として信用することもなく、頼りは自分一人だけ。
人としての感情はそう決めた自分の邪魔にしかならないと思い捨てた――。
そうして生きてきたのに、そうして生きてこなくては永い時を過ごす事なんてできないのに。
「――余りに美味しくてな。」
私はもう一度・・。
「また、作って貰えないか・・?」
もう一度、人として生きてみたいと思ってしまった。
「はいっ!」
まさかこんな小さな子供に泣かされるなんて思わなかったな・・。
 昔の私なら素直に好意を受け入れなかっただろう。そんな私をしつこいくらいに追いまわしてきた慧音。
彼女は思っていたよりも相当意地っ張りな性格で私に会いにきては話しかけてきたりと、暇なのか物好きなのかのどちらかにしか思わなかった。
それが何度も何度も続いて、気付けば私も「また来たのか」等といいながらも慧音が来るのを心待ちにしていた。
気持ちはあっても出会いが出会いだった為にどうしても素直になりきれない自分がいた。
それに加えて化け物である私が人間と共に暮らしている慧音と距離を縮めるということは、今まで拒絶してきた人との距離を縮めることと同じに感じていた。
私は人を信じれる自信が持てなかった。――また私が人の世から消える時が来ることを怖れていた。
そんな心情があり、慧音が私の元に来るのが日課であり、私から来て欲しいとはひとつと言えないでいた。
いまなら・・言えるかもしれないな・・。
 さて、飯時だけとはいえやはり身体を起こしていると堪えるな・・。
額の汗がひとつ、雫となって顔を滑り落ちる。
「悪いな、今日は寝かせてもらっていいか?」
「わかりました〜。それではまた明日も来ますね。」
「あぁ。頼むよ。」
看病をしてくれた子供は障子の奥へと姿が消えるのを見送ると私は倒れるように横になった。
私のこの身体は一向に回復の兆しを見せない。それ程までに潜在能力、殺傷能力共に強力な毒であった。
子供の前では我慢をしてでもなるべく元気であるように装ってはいるが・・。
「ア・・ぐ・・はっハぁッ・・。」
余り長い時間そうして居られず、すぐに呼吸が乱れてしまう。先ほどの子供と過ごしている時間にも構わず身体を痺れと痛みが襲っていた。
死ねればどんなに楽だろうか、しかし生憎死ぬことはできない。普通なら、そう思い死んでしまいたいと思うはずなのに。
事もあろうか、私はそれでも死ねない身体で良かったと思っている。
慧音に今の気持ちを伝えるまでは、死んでも死に切れない。実際死ねない私が思うと冗談にしか聞こえないが、そんな意志が私の中に生まれていた。
「慧音・・。」
目を閉じ、意識することなく口からでてしまう名前。
それを聞く相手は居なくとも、その言葉を紡ぐとそこに本人がいるような、安心だとかそれに似た気持ちが思う人へと向かう心を埋めてくれた。
 私が寝ていると、何者かがこちらに近づいてくるのを感じた。妖怪に狙われる身であるが為に勘が良く働くのだ。
重い身体を起こし外へと出ようと障子を開けると既に何者かはそこにいた。
「な、かぐ・・・・っ!?」
突然口を手で抑えられ、そのまま押し倒される。目の前には憎き輝夜。
「噂は本当だったみたいね〜。」
噂?いや、今はそんなことよりも、その後ろにいる永琳が抱えてるのは・・。
「慧音!!お前等っ、慧音に何をしたああああ!?」
顔を振り、口を押さえる手を振り払い逃れながら腹の底から叫ぶ。
「あらー、瞳孔が開いちゃって・・こわいこわい。」
「この野郎ッ!!どきやがれッ!!」
輝夜が身体の上に乗り、腕を押さえつけられ、それに加えて身体が麻痺していることもあり上手く身動きが取れない。
「いいこと?私がその気になれば今の貴方なら簡単に殺せるのよ?何度も・・何度でもね。」
輝夜の眼は本気で、思わず背中にゾクっと嫌なものが走った。
「それに、慧音はまだ辛うじて生きてるわ。」
慧音は生きている。その言葉を聞いて安心した。私は抵抗するのを止めた。
輝夜の言葉は抵抗するな。慧音がどうなってもいいのか。という脅しに他ならない。
「私は何をすればいい・・。」
「聞き訳が良くて助かるわ〜。そうねぇ、この人里で貴方に一暴れして貰おうかしら。」
「なっ、何を馬鹿なことを!」
「否ならやらなくてもいいけど・・。」
と言いながら慧音の方へ目配せする輝夜。里の人と慧音を計りに乗せられた私は・・。
「・・・・わかった。」
慧音を選んだ。今までと変わらない生活。私には人として生きるということは叶わぬ願いだったのだ。
「約束よ。永琳!」
「はい、姫様。直に。」
慧音を横に寝かせ、押さえつけられている私の元まで来ると注射器を一本取り出し、突き刺し注入される。
「なっ・・!?何の薬だ!?」
注射器の中のものを全て注入し終わり抜いたところで永琳が説明する。
「一時的に痛みなどを感じなくなる鎮痛剤といったところかしら。制限時間は夜明けまでよ。」
輝夜が身体の上から退くと常にあった体の痛みが引いていくのがわかった。痛みどころか麻痺している感覚もなくなっていた。
「はいはい、さっさと行った行った。」
部屋から外へと私の背中を輝夜が押して行く。
 慧音を輝夜達と共に部屋に残し、私は夜中の星空の下に出てきた。
納得が行かないが、慧音の為だ。火の翼を展開し闇夜に火を灯し高く飛ぶ。
暴れろと言われて素直に暴れられる性格ではない。なるべく被害を出さないようにと思い見渡すと遠くから何かがこちらに近づいてくるのに気づいた。
「あぁぁーっ。くそっ、輝夜に一本取られた。一暴れとかいうから里を襲えっていうことかと思ったら・・こういう事か。」
直感で状況を理解した。薬の効き目が夜明けまでということも裏付けている。
「これなら・・思う存分、身体を慣らせるな。」
見えた敵の集団へと接近し、カードをポケットから取り出す。
「スペルカード、不死『火の鳥 -鳳翼天翔-』!!」
駆け抜ける鳥の形を成した炎は雑魚妖怪たちを大勢巻き込みながら一気に蹴散らして行く。
塊の中にぽっかりと出来上がった道を一気に通ると一際目立つデカブツが現れ、手を当てる。
「スペルカード、蓬莱『凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-』!!」
一瞬光が見えたかと思ったら爆音と炎が巻き起こる。目の前で大爆発を起こした。
その様子を傍からみていたら多分、妖怪の群れという黒い火薬の塊が内側から爆発を起こしたように見えたであろう。
それを目当たり次第にやりとおし、次々と妖怪達を潰しに掛かる。
妖怪がどれだけ居ようが意味をなさない、余りに一方的過ぎる展開。
まさしく蓬莱人、藤原妹紅の完全復活を妖怪達に知らしめた。
 朝日が夜空を照らし始める頃、人里に向かってくる妖怪の姿は見当たらなかった。
私は慧音の元へと急いで戻ることにした。
部屋に戻ると輝夜の姿はなく、布団に眠る慧音と傍で座っている永琳だけがいた。
「慧音は!?」
「やっぱり、相当無理をしたみたいね。」
慧音を起こさないようにと音を立てないようにゆっくり歩みより、慧音の横まで行き座る。
「そういえばまだ聞いてなかった。何で慧音がこんなことに?」
「貴方を護る為よ。」
「私を・・・・?」
「貴方が衰弱しきっているところを妖怪に見られたみたいで、不老不死になれるとか迷信を信じて貴方の生き胆を食べようと、多くの妖怪達が集まってきたみたいね。」
それでさっきはあんなに妖怪の団体が来ていたのか。
「でも、満月だったし簡単にやられるとは・・。」
「えぇその通りだわ。でも、それは私が邪魔をさせてもらったわ。」
「何で!?」
「・・彼女は貴方を匿うために歴史を食べる程度の能力を使って里を隠していた。」
そうだったのか。子供が慧音を探しても見つからない訳だ。
「妖怪を相手に一週間、人間の身でろくに休まず戦い続けるなんて尋常な精神じゃないわ。実際、彼女の体力は既に限界をとっくに超えて無理を通り越している状態だった。」
永琳の手が慧音の額に乗り、良く頑張ったわねと言うように優しく撫でる。
「そんな状態で、歴史を創る程度の能力を使ったら・・・・どうなると思う?」
責め立てるという程ではないが真剣に私に向けられた質問。薄々私の中で答えがわかっていた。
「死ぬわ。奇跡的に生きてるだなんて万分の一もなく、ね。」
慧音の顔をじっと見つめる。
「慧音・・。」
こうして再開できなかったかもしれなかった可能性を知り、また生きて会えることを嬉しく思った。
「彼女の治療は済ませておいたわ。どのくらい掛かるかは彼女次第だけど、後は目が覚めるのを待つだけよ。」
「永琳、ありがとう・・。」
「えぇ――。」
永琳は立ち上がり、部屋の外へと歩み障子の前で立ち止まる。
「そうそう、貴方に注射したのは鎮痛剤ではなく、ある毒を中和させる解毒剤よ。」
「へ・・?」
「姫様がさっさと良くなってまた殺しにでも何でも来なさいですって。」
さっきまで無表情だった永琳が笑顔を見せて廊下へと出ていった。
つまり、何だ。輝夜も私と同じ立場に居たってことか。
 翌日から、私は慧音の様子を見ながらも寺小屋の子供に慧音がやっていると話していた"授業"というものをやっていた。
私が教えてやるつもりが"授業"ってやつは難しく、むしろ子供に教えられることの方が多かった。
永く続いた人を避けて生きてきたワタシが解けていき、氷の中の何も纏わない本当の私が出てきたような、そんな気がする。
人として生きながらにして、輝夜との戦い、化け物としての生き方もある。これからが本当の私の『生』だと思った。
変わった私を、素直でいられる本当の私を早く慧音に見て貰いたい。
文字通り私を命がけで救おうとしてくれた代えの無い、掛け替えのない人に――。
 慧音が運ばれた日から一週間が経った夜。
"授業"を終えた私は寺小屋に残り夜食を作っていた。とはいえ簡単なものだが。
いつ意識を取り戻しても平気なように、意識を取り戻した時に私が傍にいるようにと思い、食事は慧音の居る部屋で取っていた。
今日もそのつもりで、出来上がった夜食をお盆に載せると部屋の方へと持って向かっていった。
部屋の前までくると誰かが泣いている声が聞こえた。声は慧音のいる部屋の中から。
幾度となく私に向けられた聞き慣れた声。この声は・・。
「慧・・音・・?」


-Fin-



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