anxiety-野符-


 滝のほとりで突然の出来事に頭が回らなかった。
さっきまで元気に一緒におにぎりを食べてたのに・・ちょっと目を反らした間に急に苦しそうに倒れてて・・。
私は突然の出来事に順を追うことで、落ち着きを取り戻そうとしていた。
一巡二巡と繰り返すとそんな場合ではないことに気付いた。
慧音「は、早く何とかしなくては!」
感まかせではあるが、恐らく足首に埋まった針のようなものが原因だと考えた。
まずはこれを抜かなくてはと思った私は彼女のズボンの裾を捲り上げて足首を晒した。不老不死である彼女の身体は生きた年月とは裏腹に少女そのものだった。
針は皮膚の下に埋まっている。取り除く為とはいえ、この足に傷を付けなくてはならないのかと思うと気が引けた。それでも、遣り通さなくてはならないと理性が私に語りかける。
慧音「妹紅・・痛いだろうけど我慢して欲しい。」
私は目を瞑り――――針を取り出した。
恐る恐る目を開けると、何も無かったかのように綺麗な肌があってほっとした。
捲くったズボンを元に戻すと、ずっとここにいるのはまずいと思い妹紅の家屋までもどる事にした。
 妹紅にはまだ意識が残っていて、何とか私ひとりでも妹紅を連れて家屋へと戻ってこられた。
ここまで連れてくる間も変わらず苦しそうにしていて、時間と共に顔色が悪くなっていく。その様子はすぐ横を見ればはっきりと分かってしまう。見ているのが辛くて、私はただ前だけを見て進み続けた。
家に着いた頃にはすっかり夜を迎えてしまっていた。
 何度か私は妹紅の家を訪れていたので、ささっと布団を敷き寝かせることができた。
水の張った桶にタオルを通し、滴るほどに吸ったところを取り出し三度四度とたたみ、ぎゅっと絞ると静寂を守る部屋に淋しく音が響く。
布団に寝かせた時はまだ辛そうにしていて、何度も額のタオルを変えながらもう一つのタオルで汗を拭き取った。
今は何とか寝息を立てて寝ているものの、数十分毎に意識を取り戻してはうなされる。それをほんのこの数時間の間に何度も繰り返している。
その姿を前にして私はただ彼女の手を握り、祈り続けた。
 私は不老不死の力を信じ、必ず病状が良くなるはずだと信じていた。
初めて妹紅が輝夜を見つけた日のことだ。妹紅が何百年と待ち続け積み重ねられた恨みを晴らす日がとうとう来たのだ。
互いに必殺を持って殺し続ける。なのに決して相手が死ぬことがない。
幾度と必死のダメージを受けようと平気な顔をして次の瞬間には元通りの身体に戻っていた。
だから、今こうしてうなされながら寝ているのは悪い冗談なのだと思った。またすぐに元気になって、慧音は心配性だなぁなどと茶化してくるはずだと。
そう信じ込むことで本当は今にも不安で押し潰されそうな気持ちを騙し続けた。
 コンコン。妹紅の顔を寝ずに見ていると、突然ドアを叩く音がした。
こんな時間に誰だろう?人が迷い込んできてしまったのだろうか。
コンコン。相変わらずドアを叩く音だけが響く。
私は妹紅に布団を掛け直すと、玄関までギシギシと音を立てながら歩いていきドアに向かって話しかけた。
慧音「・・何か様ですか?」
返事がなく静けさだけが目立った。
私は何か異様な気配を感じていた。何かわからないその気配は気のせいなのだと安心したくて確証を得るべくゆっくりと開けていく。
ゆっくりとドアを開け、顔を出して外をうかがった。左から右へと顔を動かし周囲を見る。
特に怪しい影も見当たらない。
何だ・・気のせいか。顔から緊張の色が解けほっと胸を撫で下ろした。そのとき、突然後頭部に何かが触れたと思った瞬間そのまま地面へと押しつけられる。
一瞬の出来事で何が起きたのか理解できない。頭も上から強く押さえつけられて持ち上がらない。
??「お前が蓬莱人か?」
太く、何か禍々しい印象を持つ男の声が上から聞こえた。
まさか、妹紅の居場所、この場所を知られた・・!?でも妹紅の顔は知らないみたいだ。
??「・・答えぬか。まぁ、蓬莱人であるかどうかは殺してみればわかること。」
ぐぐぐっと更に頭に力を加えてくる。
慧音「あぐっ・・この!産霊、『ファーストピラミッド』!!」
オプションを展開し上の敵へと弾幕を飛ばすと、ふ・・っと掛かっていた重みがなくなり動けるようになった。
慧音「はぁ・・はぁ・・。」
私は肩で息をしていた。先ほどの言葉にはそれ程に強い殺気が籠められ、身体が敏感に反応していた。
??「ふむ、人の姿とはいえ流石は蓬莱人、やはりただの人ではなかったか。」
初めてみる相手の姿は霊長類でガタイのいい申。布を纏っていてその隙間から黒い毛で覆われた身体を覗かせていた。
恐怖した相手に、それでも唯一助かったと思える部分があった。
やはりそうだ、私のことを不老不死の妹紅と勘違いしているようだ。これだけが私にできる妹紅を護るという目的において唯一の利点。
もし、ここで暴れて妹紅が起きてきてしまってはその利点すら失いかねない。私は妹紅の元から遠くへと誘い込むため、外の竹やぶの中へと走っていった。
申「この俺と鬼ごっこで勝てると思っているのか、人間。」
月は半月。その光だけを頼りに只管走り続ける。敵は影と同化していて視覚では何処にいるのかなど分からない。
唯一分かるのはガサガサと私以外の何かが後ろから音を立てながら来ているということ。
 妹紅の元から十分に距離を取ることができたと思ったところでついに攻撃を開始する。
走ることは止めず、横を通る竹へとオプションを飛ばす。
慧音「始符、『エフェメラリティ137』!!」
私の言霊にオプションが反応を示す。竹に当たるとオプションが爆ぜ、内から大量の弾幕が飛び出す。
申「その程度か、蓬莱人!」
当たっていないようで、更に私との距離を詰めてきている。
慧音「はぁっ、はっ・・始符、『エフェメラリティ137』!!」
それでも、せめて追いつかれないようにと何度も打ち続ける。
 大分走っただろう、ついに竹林が終わり、走り抜けるとそこには巨大な壁が佇んでいた。行き止まりだ。
私の足はすでに自分のものではないような感覚を持つほどに疲労していた。
後ろを振り向くと、さっき私が走り出てきた場所から息を乱した様子もなく申が歩きながら姿を現した。
申「どうせ死ぬことはないのだ。大人しく俺に食われたらどうだ。」
一歩一歩・・私へと歩みを進めてくる。私はというと身体をふら付かせ、足を引きずりながら後ろに下がる。それを数回繰り返すとついに身体が壁に着いてしまった。
私は壁を滑るように身体は落ちていき、手は項垂れ、尻をぺたりと地に付ける。これを見て私に反撃の意思はないと取ったようで、もはや顔に手が触れる範囲まで近づいてきた。
私の顔の頬を手で撫でると、顎の下に指を滑らせ顔を持ち上げられる。
申「先ほどは上からで顔を良くみていなかったが・・ほう、なかなかの上物のようだ。」
慧音「・・ねが・・が・・・・ます。」
申「ん?何か言ったか?」
慧音「痛いのも、食べられるのも嫌・・。だけど、もし代わりに私の願いを聞いて下さるのなら・・・・。」
私は・・・・意を決した。
慧音「私を好きにして構いません。」
申「くく・・自分がどんな状況か分かってて言っているのか?まぁいい、願いとやらを言ってみろ。叶えるかどうかは気分次第だがな。」
皮肉を目一杯に混じらせた言葉には、この妖怪に黒いものが渦巻いていることが見て取れる。
慧音「私を・・抱いて下さい。」
申「くはっ、うはははは!!馬鹿か、お前が望もうが望むまいが今そうしようとしていたところだ!」
私は手を伸ばしこの憎むべき妖怪を強く抱き締めた。顔を交わし、私の髪に相手の頬が当たっている。
申「なん・・の”・・つもりだ・・っ!?」
妖怪がぷるぷると振るえ、振り絞るように言った。
慧音「私は単に言葉に甘えさせて貰っただけだ。」
震えは止まり、妖怪は絶命した。
私の手には一本の針が握られ、深々と妖怪の背を挿していた。
 全ては逃げた時から始まっていた。
初撃のファーストピラミッドを避けられた時、正面から戦っても勝利は難しいと悟った私はあるものを頼りにその場から離れ走った。
ただ我武者羅に逃げていた訳ではなく、今日の朝通った道を辿っていた。妹紅が戦っていたあの場所まで。
何とか逃げ切り辿りついた私はもう満足に歩くこともできないかのように足を引きずることで落ちているかもしれない針を掻き集めていた。
その後、身体を滑らせ尻を地に付けた時に掻き集めた砂の山に手を上から被せるようにぺたりと触れる事であるかどうかを確認した。そこにはたった一本の針の感触。
あとは相手にその針を挿すための口実。不用意に手を出して腕を掴まれ針を見つけられでもしたら折角の計画が台無しになってしまう。だからなるべく自然体でそういうものなのだと思わせる為に、恥と知りながらも抱いて欲しいと言った。相手の性格からしてもこれが最善だと思った。
この計画は100%ではなかった。この場所まで辿り付けること。針を手に入れること。警戒心を解き針を挿す機会を得ること。どれも絶対の確証はなかった。
したことといえばその確立を上げる程度だった。この計画の要である針に関してはまさに不安を感じずにはいられない。
崖の上まで行けばもっと確実に手に入っていたかもしれないが、妹紅が戦った後は焼け跡しか残らない。だから、逆に焼かれて手に入らないという可能性のほうが高かった。それに、焼け跡を見て何かを感じ、私を追い詰めたにも関わらず最後まで警戒してしまう可能性もあった。崖を登らなかった場合でも針を一本確実に手に入れる為に地面に目を凝らして探していたらそれこそ計画は無になる。
だから、この計画は100%ではなかったからこそ形を成すことができた。
 絶命した妖怪をその場に残し、私は妹紅の住家へと戻った。
家に戻るとスースーと寝息を立てて寝ている妹紅を見つけ、ほっとした。
先ほどの妖怪のように、他の妖怪もこの場所を嗅ぎつけてくるかもしれない。そう思い、妹紅を連れて移動することを考えていた。
私は妹紅をなるべく起こさないようにしながら背負い、ある場所へと向かった。
 私には歴史を食べる程度の能力がある。
妹紅がこうなった因果の歴史を私が食べてしまえば今の苦しみからすぐにでも解放してあげることができるのだが、それができない。
歴史は過ぎ去る今を忘れない為に記録することで、未来へとその経験を継承させるもの。その積み重ねが歴史という莫大な経験となって今を作る。
それは本人ではない誰かが記録し、その誰かが他の人へと伝えていったからできたこと。客観的に見て、誰かが後へと伝えてきたものなのだ。
経験から常に新しい今が作られていく幻想郷の外の世界。その歴史から抜け出して幻想郷へとやってきたのが妹紅。
不老不死になった身で同じ場所には留ることはできないと悟り、表舞台から姿を消した彼女の行動はちょっとやそっとの覚悟で成せることではないだろう。
自分自身のことを語るものがいない様にと人里で暮らさない。だから人の通らないこんな辺境の地に家を構え住んでいる。
過去を生き、未来を生き続ける。そんな彼女が今更になって歴史に残る必要などないし、永遠に実在し続ける彼女自身の存在が歴史に変わる日は来ない。
それに今のケースは妹紅の経験でしかない。だから私には今の妹紅を救ってやることはできない。
 妹紅を背負ってある場所、人里にある私の寺小屋まで辿りついた。ここの何処が安全なのかと言えば全くの安全ではないしお門違いだ。
しかし、この寺小屋。この人里には『歴史』があるのだ。
妹紅を寺小屋で休ませると、かつての夜にしたように、私はこの里の歴史を隠した。
 外に出ると早速嗅ぎつけたらしい大量の妖怪達がこちらに向かって来ているのが見えた。
先ほど殺されるかもしれない賭けをしたからか、胆が据わって数をみても動じることは無かった。
慧音「ふふ、あの申に感謝のひとつでもしてやればよかったな。」
オプションを複数展開する。
慧音「ここから先へは一歩たりとも行かせはしない!野符『義満クライシス』!!」

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